雪層 / 一般・アルペン班3年 山本 章太

 つらい陸上トレーニングで追い込まれた時、皆は何を思っているのだろうか。

 自分はいつも、やぶれかぶれにコースを滑っている時の事を思い出す。ぼこぼこに掘れた急斜面に、次の旗門が真横に立っていると錯覚するようなセットが立ち、それが何ターンも続いている絶望感だ。ようやく終わりが見えた時には脚も心も限界だが、気が抜けた瞬間にコースアウトするのが本能的に分かる。滑っていて全く気持ちよくないし、タイムが悪いのも分かりきっている。しかし途中で辞めるわけにはいかず、攻め続けなければならない。そして、リザルトには悔いが残り、撮ってもらった動画を見ては自分に失望する。陸上トレーニング最中にその光景が目に浮かぶのだ。

 また、そんなコースを滑った後には必ず辛かった陸上トレーニングについて考える。もっと別のアプローチをしていれば結果が変わったのではないかと、悩みこむ。

 雪上で陸上トレーニングを考えて、陸上トレーニング中に雪景色を思い出すことを繰り返しているのだ。あと数%筋力があれば、もっと攻められたのではないだろうか。このウェイトを上げられれば、このペースで走り続けられれば、1つのターンが1000分の1秒速くなるのではだろうか。そう考えてしまうのだ。

 この試行錯誤が自分を成長させているのだと思う。一回の繰り返しでは何も変わらない。それはまるで、まだ暖かいうちに降る初雪がすぐに溶けて無くなってしまうかの様だ。しかし、薄く積もった雪はやがて根雪となり、折り重なって層をなす。その上に立った時、自分の背丈を超えたところから見える景色は、何物にも変えがたいものとなる。